部屋の窓はまだほとんど閉じられていたが、新しい季節がその隙間からそっと入り込んできていた。郵便物を取りに外に出たら、馴染みのあるあのちょっぴり悲しい生温かさとチリチリする砂混じりの風を、まったくの無防備で思い切り浴びてしまう。思わず眩暈がして、しばらくその場に立ち尽くした。
season2
one day I miss you
one day
20240210newmoon
扉をノックする音が聞こえたので開けてみたら、さっき帰ったばかりの彼女だった。乗るはずだったバスに遅れてしまったと言う。外は冬の冷たい雨がしっかり降っていた。彼女はコートに付いた水滴を払い、小さなストーブに手をかざして、もう少しだけ話していってもいいかと尋ねた。もちろん、とわたしは言って、やかんを火にかけた。
osoi
今日の雨は冷たく重かった。ポットのお茶はすぐに飲み干して、また作らなければならない。窓一枚を隔てた外との距離は雨のおかげでとても近く、耳を澄まさなくとも心地よく庭の色が聞こえてきた。霞んだ小さなその場所は目を閉じると大きな森へ繋がっていた。土はぬかるんでいた。さりげない、忘れていた、しょうもない、そんなことがかつてあった。
morning morning
おそいおそいおそい朝ごはんには
やさしいやさしいやさしいコーヒー
ちいさなちいさなちいさなクッキーが
はみでてはみでてはみでて置かれる
lemonade
できあがったシロップはとても甘くちょっと口の中がもたついてしまうくらいでどうしたものかと思ったけれど、彼女はぜんぜん平気なようだった。
rain
窓の外の景色は霧でよく見えなくて、なんとも幸せな朝だと思う。
lemon sirop
a cat
雨上がりの駐車場には泥でできた猫の足跡があった。それは端まで行って池のところで終わっていたけれど、まさか水の中に入ったわけではないだろうね。
new place
鍵が空いているようだったので入ってみたけれど、誰もいなかった。
long time no see
long time no see
now and then
べつにたいした茶葉でもありませんが、あたたかくいれましたのでよかったらどうぞ飲んでください。いろいろ堅苦しくしないという、堅苦しさが逆にありますね。申し訳ありません。なんてことないのです。ほんとうになんてことないのです。
meeting
待ち合わせは、遥か遠い森の中。
rainy day
気づけば外は雨が降っていて、日も暮れかけていた。
see you
またね。
movie to movie
映画館から映画館へ。ポップコーンを食べながら、甘いキャラメルの香りを漂わせながら。悲惨な物語は、笑いの止まらないコメディに。さっき青い目をしていた主人公は、走り回るライオンになって。ひとつひとつ越えていく。昨日は泣いていたけれど、今日はそうでもない。
monday escape
旅の出発は月曜日に。
2023 sep full moon
クロスワード・パズルを解きながら、わたしたちはお互いにそのキーワードについて思いつく話をしていった。わたしの話はなんのオチもなくガッカリするくらいつまらない小話だったが、彼女の話はひとつひとつがとても長く、そしてそれらは必ずと言っていいほど何かしらの悩み事に繋がっていくものだった。途中ハンバーガーとアイスティーが運ばれてきたけれど、お構いなしに彼女は話し続け、そのままランチは置き去りに、しかしパズルのマスはどんどん埋められていった。現れてくる言葉に一喜一憂し、気持ちの行ったり来たりを繰り返す、結論の出ない堂々巡りをしながら、もう何も書き込むところがないパズルが出来上がった時ですら、彼女は嘆いていた。
すっかり冷たくなってしまったハンバーガーは塩気が強く感じられるしょっぱいもので、氷が溶けてぬるくなってしまったアイスティーはぼんやりと味気なかった。しかしわたしは硬めのハンバーガーだって好きだし、それはそれで味わうものでもあった。揺れ動く彼女の振り幅ゆえに、わたしは彼女と交わることができた。彼女の話は、わたしの話でもあった。彼女の不完全さは多くのものを受け入れ、その中にはわたしもいた。その広い海の中では、誰もがあたたかく泳ぐことができた。
ただ彼女だけが、それを知らないのだった。
new moon 20230915
約束の時間に約束の場所へ行ってみたけれど、そこには誰もいなかった。 / こっそり話した願いごとは、やはり誰にも届かない。 / ほんのりと温かい甘い甘いスープ。 / 彼女があくびをする時。 / かばんの中から古い手紙を取り出して読み返す。もう幾度となく手に取られた便箋は、すっかりくたびれよれよれになってしまった。それでもそれを読む時、再び同じ感情が呼び起こされる。 / 約束の時間はわたしがひとりで勝手に決めたもので、約束の場所もわたしがひとりで勝手に決めたものだった。相手からはなんの返事もなかった。それはもちろん、約束とは到底言えないものだった。