
外では雨がずっと降っていて、食べかけのビスケットはあっという間に柔らかくなってしまった。水っぽい世界は、あらゆるものの形をぼんやりさせる。ソファに寝転がり、夢なのかそうでないのかわからない景色を眺めながら、曖昧な紙で作った船を目の前に浮かばせた。船は見知らぬ時へと流れはじめる。だが、その行方を追いかけることはできない。

外では雨がずっと降っていて、食べかけのビスケットはあっという間に柔らかくなってしまった。水っぽい世界は、あらゆるものの形をぼんやりさせる。ソファに寝転がり、夢なのかそうでないのかわからない景色を眺めながら、曖昧な紙で作った船を目の前に浮かばせた。船は見知らぬ時へと流れはじめる。だが、その行方を追いかけることはできない。

扉を開けたら懐かしくそしてクスッと微笑んでしまうようなかわいらしい匂いがして、彼女と「思い出すね、なんだか幸せな心地だよね」と言いながら階段を登った。あの時なにがそんなに伸び伸びしていたのか、今考えてみてもよくわからないけれど、あの夏は本当にあの時しかない夏だった。
長いトンネルを抜けると、すぐそこまで夏がやってきていました、そして…。
スピーカーから流れる言葉の続きは、旧いアルバムに並ぶ夏から選ぶことにする。

Non omnia possumus omnes
we can not all do everything.
(Virgil, Eclogues VIII, 63)
私たちは皆、すべてのことができるわけではない
(ウェルギリウス『牧歌』第8歌(63行))
今日は何度アイスティーを作ったことか。

さっき前を通ったコーヒーショップに、懐かしい顔を見かけたような気がした。もう何十年も前のことだから、ひょっとしたら間違いなのかもしれないけれど、ほとんど消えている記憶に年月を足した姿は、あんな感じになっているようにも思えた。
あの子がコーヒーを好きなのかどうかは知ることもなかったが、あの頃はメロンの味のするソーダをよく買っていた。わたしたちはそれを寒い冬でも飲んでいて、たいして温かくもないコートを着ているだけの薄っぺらい格好に、素足を放り出し、さむいね、さむいね、と言いながら、冷たいコンクリートの階段に座って、延々となんでもない時間を過ごした。それはとっても軽薄で、もうちっとも思い出せないくらいの。
わたしはなにかで空白を埋めることに慣れてしまった。まともに見えないメガネをかけ、何重にもジャケットを羽織り、コーヒーショップに入っても、窓の外すら眺めない。メロンの味より、メロンそのものがいいに決まっていると言い切って、ソーダを蓋も開けずに、ダストボックスに放り込むのかもしれない。
コーヒーショップに居た(かもしれない)あの子は、なにを飲んで、なにを見ていたのだろう。メロンの味のソーダを飲んでいてくれたらと、勝手なことを願いながら、わたしは来た道を引き返す。
「宛先不明」と書かれた小さな紙の貼られた封筒が、郵便受けに入っている。しかしそれはわたしが出したものではない。手紙はここ最近書いていないし、そもそもこんな青い封筒や、白いインクなどは、持ってもいないから。このまま届けられない手紙。ガラスの中で踊り子が、カラカラと笑う。人ごとだと思って。
もったいぶった感じっていうのがどうもニガテで…と、彼女は言ったが、彼女の言うそのもったいぶった感じがどんな感じなのか、わたしにはちょっとわからなかった。

外側だけで中までは温かくなりきっていなかったパンとか、少し塩加減が強過ぎたスープとか、できればクリームがあった方がよかったかもしれないビスケットとか。
ラジオを聴いていたはずが寝てしまっていて、いったいあの二人の話はどうなったのか?
時間をかけてゆっくりとスープを煮込んでいる。

この間のつづき
思えばわたしたちはよく似ていた。でもそんなことそのときはわからなかった。
最後から二番目の引越しをしたとき、何もかもいったん無しにしたかった。だからわたしは身の回りのあらゆるものを小さくした。小さなサイズの冷蔵庫、小さなサイズの洗濯機、ベッドも小さく、寝返りすると転げ落ちてしまうくらいの。生活は最小限の必須で行うことができる、すべてをいつも把握して活用する、その豊かさを思った。しかし過ごした実際は、豊かさとは真反対のおそまつな日常で、食べることも寝ることも掃除することももはや窮屈と言っていいくらいの欠け落ちた日々だった。いつまで経っても年月はいっこうに進むことはなく、小さな箱の中で小さな同じ動きを繰り返していた。もっともその頃のわたしはそんなことには微塵も気づいていなかったが。
買ってきて食べずに置いてあったマフィンは乾燥がすすんでしまって、ぽろぽろとテーブルに散らばってしまう。小さなかけらを指で集めながら読みかけの本を開いたら、ページにバターのシミができていた。いつだってこうだ。さっきから降り出した雨のせいで部屋の中はこんな時間でも薄暗く、にぎやかだった窓の外もすっかり静かになっていた。起きてからそんなに時間も経っていないのに、また眠気が襲ってくる。

持っていると思わなかった本を、積み上げられた山から見つけ出す。だいたいにおいて忘れっぽいけれど、これもまるで覚えていなかった。

プレイヤーのボタンを押して曲をかけ始めたが、知らない間に終わっていた。それはいつものことだった。最初の曲が終わるまでに、耳はたいていどこかに行った。知っているのは最初の曲の最初のフレーズ。それ以降はいつだって、初めて聴く音だった。
あらゆる音で満ち溢れているこの世界を、わたしは勝手にチューニングする。そしてそのほとんどを削除する。さらにはその選び取った音さえも調整し、そのまま、自分だけの時間を自分だけの場所で過ごす。やっかいなことに、それはほぼ無意識に行われる。
その慣れと居心地と都合のよさは、いつもの自分を確認し、安心するのにはとても良かった。しかしそれと引き換えに、わたしは目の前に広がる多くのことを、無邪気に取りこぼしているのかもしれなかった。

わたしもわりと長く部屋を作っていて、また近々大幅なヴァージョンアップをする予定です。ボロボロの予定表にやらなければいけないことを書き並べてよくチェックをしていますが、ほとんど済んでいません。だのに新しい予定はいくらでも書き込まれ続けているので、このままでは部屋のドアが開かなくなってしまいそうです。
とても気持ちのよいいい天気に、雨が降ればいいのにな、と思う。