no.8

No.8
扉を開けた箱の中に入っているのは、たった一つの小さなおまじない。

ちょっとした鏡と小物入れがついていて、一瞬自分を確認する。
ポケットには甘い香りのするリップ、ほんの少しだけ唇が色づく。
丁寧にアイロンをかけたハンカチ、お気に入りのミストをワンプッシュだけして、どこでもいつものわたしに戻れるように。

大きな鞄は随分とくたびれてきて、ところどころほじけているところもあるのだけれど、「これ目立つからどこにいてもすぐに見つけられるね」と言われたから、見つけて欲しいと持ち続ける。

いきなり来る強い突風。捲き上る砂埃。
目が痛くて泣いているのか、そうでなくて泣いているのか。

春の約束。おまじないはおまじない。