雪を作る話 – 中谷宇吉郎
これは本当に天然に見られるあの美麗繊細極まる雪の結晶を実験室の中で人工で作る話である。零下三十度の低温室の中で、六華の雪の結晶を作って顕微鏡で覗き暮す生活は、残暑の苦熱に悩まされる人々には羨やましく思われることかも知れない。
雪の結晶の研究を始めたのはもう五年も前の話であるが、あり合せの顕微鏡を廊下の吹き晒らしの所へ持ち出して、初めて完全な結晶を覗いて見た時の印象はなかなか忘れがたいものである。水晶の針を集めたような実物の結晶の巧緻は、普通の教科書などに出ている顕微鏡写真とはまるで違った感じであった。冷徹無比の結晶母体、鋭い輪廓、その中に鏤りばめられた変化無限の花模様、それらが全くの透明で何らの濁りの色を含んでいないだけに、ちょっとその特殊の美しさは比喩を見出すことが困難である(つづく)。