20241123

まだ夜は明けていなかった。ケトルからのぼる湯気と、あと少しだけ残っている深煎りのコーヒー豆、ほどよく色が褪せてきたアンティークのカップ。それは季節がどれだけ変わろうと、変わらない景色。
あの人が泊まった次の朝は、必ずこの豆でコーヒーを淹れてくれた。慣れた手つきでお湯を豆に注ぎながら、精霊がこしらえた豆の話だとか、ある村で呪われた豆を焙煎してしまった商人の話だとか、いつもちょっとおかしな話をした。わたしはコーヒーがあまり飲めなかったが、その霞がかった話に包まれる朝だけは、苦さはふっと姿を消した。
まだまだ話は尽きないよ、あなたが自分でコーヒー淹れられるまではね、そう言っていたのに、ある日話はそのまま途切れた。それきりだった。