20250524

カップいっぱいに花を注いで、猫は足早に立ち去った。まだ返事をしていなかった。

20250508

小瓶は割れていた。手紙には見覚えのない折り目がついていた。分解した椅子は、もう一度組み立てることができなかった。元に戻らないものばかりだった。変わらない部屋の中で、それらはわずかに空気を揺らした。それまで見えていなかった景色が、おぼろげな輪郭を浮かび上がらせる。空気の奥に知らない香りを見つける。ふいに、猫が顔を上げた。

20250424

トマトのプランテーション。
華奢な緑が整然と並ぶその隙間に、彼女は身を潜めている。と言っても、隠れているつもりなのは本人だけで、その姿はどこからでもあっさりと見つけられた。
彼女は大切なクッションを下に敷き、そっと腰を下ろす。そして、誰かが自分を探しに来るのをじっと待つ。それは時に長い時間にもなることもあったし、なんなら誰も来なかったという場合もあった。
でも、そもそもどうして彼女がそんなことをするのか。
それを、まず、あなたに話しておかねばならない。

20250415

道は左右に伸びていますが、果たしてあなたは矢印に従いますか?

人は次から次へとやって来て、みんな矢印の方へ歩いていった。風が割と強く吹いていたから、その場で立ち止まってしまうのは寒くて、早々とその流れに乗っていくのが妥当な選択だった。けれど、わたしは右に伸びている道が気になって、その行方を探ろうとする。しかし、その先には光も届かない、暗闇しかなかった。

さて、あなたはどうしますか。
わたしは…、ぐずぐずします。

20250407

わたしたちはもう何時間もそこに座って話し続けていて、それはカジュアルな意見の交換だったり、小さな秘密の告白だったり、はたまた短い沈黙だったりいろいろだったが、しかし──この時間の終わりの気配のようなものだけは、どこにも見当たらなかった。

時折頬を撫でる風に「気持ちいいね」とか「春の匂いがするね」とか言ってみたりもしていたけれど、たぶんほんとうはわたしたちのどちらもそんなことには上の空で、お互いがお互いの話していることに夢中だった。

太陽の光が傾き、ちょっと寒くなって、もはや相手の顔が暗くてよく見えなくなっているにも関わらず、わたしたちはこの時間が終わらないことを、望み続けていた。

20250329

外はいい天気。中もいい天気だったけど。
今はどちらからも眺めは快適です。

20250314

まだ浮かんでいるウォーリードール

誰かが来るのを待って、彼はもう何度も冬を越した。
ある頃よく語り合っていた魚はとうの昔にいなくなってしまったし、ある時抱えていた悩みはなんだったか忘れてしまった。
今日の満月はいったい何回目、ほんとうに誰かここに来るのだろうか。
待ちくたびれたかどうかもわからなくて、そもそも今ここはどこなのかもわからなくて。
人が周りにいる感じはするのだけれど。

20250221

雨が降り出しました。

YOU ARE THE WEATHER
Roni Horn 著
1997年 初版 
ハードカバー ジャケットなし 
英文 
サイズ:290×240mm 

コンディション:
角に凹み。その他経年並

Sophia Clarus New Moon in May “Tell Me” (2019)
at Libno (2025)

20250211

アポロ15号のおみやげは、あめ玉のようなものと、ちいさなチョコレートクロワッサン。あめ玉のようなものは、月の人は食べられるのかもしれないけれど、地球の人には食べられないと思う。

20250204

温かいお茶が冷めていって、口の中にほんのり残る余韻もすこしずつ変わっていきました。No.18、お茶の色をした疑問の袋の中には、疑問。そして疑問で綴られた歌、が入っています。さらに疑問を示す?写真も(ここには並んでいませんが)。問いの答えはその瓶の中に手紙として入っているのでしょうけど、それはそのまま開けずに。お茶をもう一杯いれることにします。

20250128

20250120

そこから見える風景は、おそらくわたしが見ているものとは少し違っていた。なんとなく色が薄くて、輪郭ははっきりしなかった。ただ向こうのほうではなにかが光り、かすかにペパーミントの匂いがする気がした。
ピアノの音が小さく鳴り、雨が降っていた。
明日のことは、明日にならないと現れないようだった。

20250112

飲み込んだ言葉は二度と上がってこなくて、そのかわり喉の奥で起こった小さな振動が止まらなくなった。

almost every day 2020.09.19

I play tennis every day.
ヘタなテニスの練習。

20241231

それは小さなおまじないのようなもの。
すっかり冷たくなったお茶にひと口触れたら、話しかけたくなった。残ったケーキはジンジャーとナツメッグの匂い。テーブルの上のメモは断片の積み重ね。

ストーブの上のポットから、ゆるやかに湯気が立ちのぼる。水の粒は、部屋の中をあちこち気ままに漂う。まるでお構いなしのその行方を、わたしはただぼんやりと追いかけていた。
そんなことをしているうちに、またそのままうやむやにしてしまいそうになる。

あの湯気のように曖昧で、消えてしまいそうなほど頼りない。

それは、ケーキと一緒に飲み込むか、メモの隅にそっと書き足すか。どちらも悪くはなかった。すぐに重なりかき消される。そうすればおまじないは誰にも気づかれずに、今度こそ話せるのかもしれなかった。

20241223

編み込まれた時間

ずっと住んでいる街なのに、こんな路地は知らなかった。それは細く暗く、どこに延びているのかたどれない、見えそうで見えない暗い闇。わたしの足になにかがそっと触れ、その路地にするりと消えていった。黒猫だった。猫は一瞬振り返り、何も言わずにしっぽを上げる。わたしは促されるように路地に入った。
連なる家から聞こえる誰かの日々は、話し声、クラシックの音楽、料理をする音とその匂い、いくつもの色があった。ひんやり湿った足元を滑らないように、しかし猫を見失わないように、わたしは進んだ。けれども向こうのほうにあるように思える何かは、いつまでたってもぼんやりとつかめなかった。猫は少しずつ遠く小さくなり闇の中に溶けていく。やがてわたしの行き先は届かなくなる。振り返ってみても、そこには何もない暗い闇が広がっているだけ、さっきまであった誰かの日々ももはや消えていた。

20241217

部屋はまだ暗く静まり返っていた。ぼんやりした頭で、ストーブとラジオをつける。オイルの匂いと微かな話し声が、少しずつこの部屋を動かし始めた。朝のニュースは、昨夜のことを言っている。雪の予報も。それはいつもと違って、なにもうれしくない話。ストーブとラジオを消せば、元に戻るだろうか。

20241215

絡み合う痕跡

できたてのレモンシロップで、わたしはホットレモネードを作ったけれど、あなたはソーダをグラスに注いだ。強すぎる刺激なのか、冷たすぎるのか、ソーダを口にするその表情はなんとなく不機嫌そうに見えた。交わされる言葉もないままに、わたしの手の中の温かさと、あなたの持つ冷ややかさは、さらにお互いの距離を広げる。レモンシロップはどちらの味にも染まることができず、そのぼんやりした甘さを二人の間にそっと落とす。

20241207

20241204

森のすべてがじっと耳を澄ませているような静けさの中で、わたしだけが音だった。落ち葉を踏み締め、白い息を吐き、時々立ち止まっては木の肌にそっと触れた。それでも森は、その音を飲み込み、わたしを消していった。